今回は明治大学 商学部にご在籍で、保険リスクマネジメント論や金融教育などを研究されている浅井 義裕教授に、マネーキャリア編集部が独自インタビューを行いました。
この記事の目次
- 浅井 義裕教授のプロフィール
- 消費者の保険選択に影響する要因とは何か
- 保険選択を左右する主な要因(経済・知識・心理・社会的要因)
- 年齢・家族構成・ライフステージによる違い
- 「合理的ではないが起こりがち」な選択行動
- 保険知識は保険選択をどこまで左右するのか
- 知識の有無が保障内容・商品選択に与える影響
- 知識不足によって起こりやすい誤解や選択ミス
- 「知識があっても最適とは限らない」ケース
- 保険知識・金融知識と資産形成行動の関係
- 保険知識と金融知識で異なる影響の出方
- リスク管理の理解が投資行動に与える影響
- 金融教育・保険教育はどうあるべきか
- 効果が期待できる金融・保険リテラシー向上施策
- 現行の金融教育・保険教育の課題と改善点
浅井 義裕教授のプロフィール
消費者の保険選択に影響する要因とは何か

保険選択を左右する主な要因(経済・知識・心理・社会的要因)
複数の要因が挙げられるのですが、意外なところでは「倫理観」が挙げられます。
たとえば、最近行っている研究ですと、自転車保険をはじめとした誰かに損害を与えてしまったときの「賠償責任保険」はどのような人が契約しているのかというと、所得といった経済的要因はあまり関係なく、「他人のことも大事である」と思っている人ほど当該保険を契約する傾向があることがわかっています。
このような、「倫理観の視点」については、従来は注目されてこなかったのですが、保険選択を考える上で注目すべきポイントかなと思っています。また、所得や貯蓄といった経済的な要因が保険加入に影響するかどうかについては、保険の種類によっても違う可能性があります。
例として、上記の賠償責任保険に関しては経済的要因とは関係がない一方で、生命保険や年金保険などのタイプの「自分に起こりうるリスクの準備をする」保険になってくると、経済的な要因が大きく関係するのではと思います。
また、上記に関連して、以前の研究でも「地震保険が実は経済的な要因で保険加入をするか」という点で、あまり関係なさそうだということもわかっています。
ここから、地震保険みたいな「不確実なリスクに対してどう考えるのか」が必要な保険では、経済的な要因よりも、リスクへの考え方が保険選択の大きな要因になっていると言えるでしょう。
年齢・家族構成・ライフステージによる違い
分析では、ライフステージに応じて保険の加入率が増えていくことはもちろん、既婚であるとか加齢に伴って、(所得や知識をはじめとした要因を取り除いたとしても)保険加入は増える傾向があると言えます。
また、保険知識は、年齢やライフステージによってある程度までは増えていきますが、ある一定の年齢(50〜60代)になると減りはじめることが、国際的なデータからも知られています。
「合理的ではないが起こりがち」な選択行動
日本だけに限りませんが、資産運用を「短い時間で大きな利益を得ることができるもの」のように誤解している(これはおそらく資産運用ではなく、ギャンブルです)人がいます。
資産運用が趣味であるという一部の人を除けば、仕事や趣味に忙しい、私たち一般の消費者にとって望ましい資産運用とは、「時間分散」と「分散投資」であろうと思います。
「分散投資」についていえば、日本で働いて、日本に住宅を購入して住むというだけでも、「日本リスク(カントリーリスク)」を取りすぎていると思います。他にも、資産運用が預金だけ、日本株、日本債券だけというのは資産が偏っていて、合理的ではない可能性が高いと言えるかもしれません。
なぜなら「日本だけに投資していると、日本が成長せず海外が成長したときに、自分の資産を増やす機会を取り逃している」可能性があるからです。
「時間分散」についていえば、私たちは、いつが安値で買い時であるか、いつが高値で売り時であるかは分かりません。
そこで、少額から、時間を分散してコツコツと積み立てていく姿勢と、日本以外の地域にも分散して投資していくことが大切ではないでしょうか。
保険知識は保険選択をどこまで左右するのか

知識の有無が保障内容・商品選択に与える影響
研究の結果から、保険知識がある人ほど、生命保険や賠償責任保険といった、「目に見えないリスクに思いを至らせて保険を契約する」ことが多くなると言えます。
また、コロナが流行した際に、保険金の不正受給が問題になっていたかと思うのですが、私たちの研究グループが「どのような人が保険の不正受給していたのか」を調べた結果、やはり倫理観が高い人、保険知識が高い人が不正をしない傾向があることがわかっています。
つまり、保険知識がある消費者が増えていく社会というのは、保険でリスクに備える人が増えるでしょうし、適切ではない保険の使い方(不正)をする人も減りそうだということで、望ましいことではあるかなと考えています。
知識不足によって起こりやすい誤解や選択ミス
誤解や選択ミスが生じる背景には、いくつか典型的なパターンがあると考えられます。
1つ目が「××(特定の知識)に関して”知らなかった”という状況」があるかと思います。
たとえば、「高卒就職者の厚生年金」の例が挙げられるのですが、これは大学卒・大学院卒の方では想像しにくい、といった具合に「その立場にならないと分からないこと」があるかと思われます。このように、「自分が経験しない限り気づきにくい知識」は少なくありません。誰にでも誤解や選択ミスは起こりうるので、都度わからないことは少しずつ勉強していく姿勢が大切になるでしょう。
2つ目に発生しやすい誤解でいうと、「年金」が挙げられると思います。
とくに、年金は「繰り上げ受給と繰り下げ受給はどちらが得ですか?」という損得の話題が出やすいかなと思いますが、これは公的年金の特徴を間違えていることで発生すると考えております。私自身は、公的年金の本質は「何歳まで生きるかわからない中で、長生きリスクに備える制度」にあると考えています。そのため、「何歳まで生きれば得か、損か」という視点だけで議論するのは、制度の本質を十分に捉えているとは言いにくいでしょう。
3つ目は、定年間近で、資産運用についてはじめて検討することです。資産運用は、可能であれば早い段階から始めた方が有利です。仮に退職金をきっかけに運用を始める場合でも、慌てて大きな金額を一度に投資するのはリスクが高いと言えます。60歳から始めたとしても80歳までを考えれば20年という時間があります。
資産運用では「時間を味方につける」ことが重要です。たとえば年利5%で運用できた場合、10年後には約1.6倍、20年後には約2.7倍と、時間が長くなるほど複利の効果は大きくなります。
そのため、最初から多額の資金を投じるのではなく、少額から始めて経験を積み上げていくことが大切です。過去のデータを見ても、10年、20年と市場指数に連動するインデックス型投資信託を積み立てた場合、トータルで損失が出るケースは比較的少ない一方で、特定の金融商品で短期間に大きく儲けることは簡単ではありません。
ただ、実際には、短期間で一攫千金を狙うギャンブルと、長い時間をかけて行う家計の資産運用や投資との区別が十分につかないまま判断してしまう人も少なくないと感じています。
資産運用は体験してみないとわからないものでもあるので、「早い段階ではじめ、長く続ける」ことが重要となります。月々数千円でも良いので、銘柄の選び方や分散投資の考え方を実際に体験しながら、資産運用の感覚を身につけていくことが大切だと思います。
「知識があっても最適とは限らない」ケース
はい、知識を得ただけで、それを使いこなせなければ、必ずしも最適な選択につながらないケースはあると思います。
私は、知識は持っていても使いこなせなければあまり意味がないということで、「リテラシー(特定の分野に関する知識を理解し、適切に活用する能力)」と「金融知識の水準」という言葉を、分けて学生さんたちにも教えています。
たとえば、保険について非常に詳しい知識を持っているにもかかわらず、自身に必要な保険に加入していない人がいます。また、大学などで投資について学び、関心も高いにもかかわらず、NISAやiDeCoを実際には利用していない人も少なくありません。
こうした場合、「金融知識の水準」は高くても、リテラシーの段階には至っておらず、結果として知識が十分に活かされていない状態、いわば宝の持ち腐れの状態になってしまいます。
知識は、実際に使ってみて初めて意味を持つものです。また、使ってみた結果として失敗したり、「他にもこういう考え方があるのか」と気づいたりする経験を重ねることで、徐々にリテラシーが身についていきます。
このように、知識が行動を促し、行動がさらに知識を深める、という好循環が生まれることで、より適切な判断や選択が可能になっていくのではないかと考えています。
保険知識・金融知識と資産形成行動の関係

保険知識と金融知識で異なる影響の出方
まず大きな違いとして、それぞれの知識が、異なる行動を直接的に促すという点が挙げられます。
金融知識がある人は、資産運用やふるさと納税、キャッシュレス決済など、幅広い金融行動をとる傾向があります。一方で、保険知識が豊富な人は、保険契約に対してより積極的になる傾向が見られます。
こうした傾向は日本に限らず、諸外国の研究結果とも共通しています。具体的には、
- 金融知識がある人は株式市場に参加する
- 男性の方がリテラシーが高い
傾向があることがわかっています
一方で、私の研究を通じて明らかになってきた点として、金融リテラシーが高い人ほど、「お金に関わること全般」に対して感度が高くなるという傾向が挙げられます。
たとえば、ふるさと納税による節税効果や、キャッシュレス決済によるポイント還元など、日常的な支出の中にある金銭的メリットにも敏感になるようです。
つまり、金融リテラシーは貯蓄・投資・年金といった狭い意味での資産形成にとどまらず、他の分野へと広がっていく波及効果がありそうです。
リスク管理の理解が投資行動に与える影響
過去の研究から、保険知識のある人が、必ずしも金融知識がある人があるわけではないことがわかっています。
保険をよく理解している人は、病気や事故といった生活に大きな影響を与えるリスクを保険でカバーできます。その結果、将来への不安が軽減され、手元資金に心理的・経済的な余裕が生まれます。こうした余裕があることで、安心して資産運用に資金を回すことが可能になります。
ただし、保険の知識があっても、投資や資産運用に関する知識がなければ、その余裕資金を十分に活用することはできません。
保険知識に加えて金融知識も備わっている場合には、より適切に資産運用を行うことができる可能性が高まると考えられます。
金融教育・保険教育はどうあるべきか

効果が期待できる金融・保険リテラシー向上施策
学校教育(私も研究しています)と企業教育(海外の研究)で効果があることは知られています。
まず学校教育についてですが、私の研究では、「金融の話にはあまり興味がない」と答えていた人ほど、金融知識が大きく伸びる傾向が明らかになりました。義務的に学ぶ機会があることで、関心の低い層にも最低限の知識が届く点が重要だと考えています。
一方、企業教育については、1990年代のアメリカの事例を用いた研究から、職場での金融教育が世帯のリスクテイクや資産形成行動を促すことが示されています。収入を得ながら学ぶことで、金融の知識がより自分事として理解されやすくなるようです。
ちなみに、今は学校教育の家庭科で義務化がされていますが、義務として学校側が金融教育を受けさせる、というのは興味のない子どもたちにとっても「最低限の金融知識の担保」をすることになるので、社会全体に大きなメリットがあるのではないかと思います。
ただし、学生のうちは給与を得る機会が少ないため、学んだ知識を資産運用にどう結びつけるかを具体的にイメージするのは難しい面もあります。実際に働き始め、収入を得るようになると、生活や将来を考える中で、学んだ知識の意味が初めて実感できることも多いでしょう。
そのため、学校教育だけで完結させるのではなく、就職後も企業や自治体などを通じて学び続ける機会を提供し、生涯にわたって金融リテラシーを高めていくことが重要だと感じています。
現行の金融教育・保険教育の課題と改善点
日本の金融教育にはまだ改善の余地があるとは思います。実際にアメリカやヨーロッパの先進国、G7の諸外国と比較しても金融知識が低いんですね。
しかし、これらの国々が「自国は金融教育に非常に力を入れている」と自負しているかと言われるとそうではありません。どの国も金融教育が必要であると感じていて、OECDがプログラムとして国際的に金融教育を進めていることからも、「金融知識が必要である」というのは日本だけでなく世界的な認識であることが言えるでしょう。
実際、若い世代の関心は高まっています。学生さんたちに「72の法則を知っているかどうか」の質問をすると、10年くらい前までは「聞いたことがない」という回答が多かったのに対し、今では多くの人が「聞いたことがある」と回答します。この点からも、金融知識への関心自体は着実に高まっていると感じています。
一方で、保険に関しては課題が残っています。昨年の国際学会でスタンフォード大学の研究者が指摘していたように、金融分野の中でも、消費者の知識が特に不足しているのが保険分野だと言われています。
そのため、日本に限らず世界全体で、資産運用によって「増やす」ことを中心とした金融教育だけでなく、資産を「守る」ための保険教育が十分に行われていない点は、大きな改善余地だと考えています。
改善の方向性として重要なのは、成人してからの継続的な教育機会だと考えています。
また、資産運用に関しては、知識だけでなく行動も欠かせません。最初は抵抗があるかもしれませんが、自己責任を前提に、早い段階から少額でNISAなどを体験してみるといった「はじめの一歩」を踏み出すことが重要だと思います。
特に迷っている人ほど、金融知識を学びながら実際に行動してみることで、資産形成にとどまらず、経済の仕組みへの理解が深まります。その結果、仕事や日常生活にも役立ち、幸福感の向上にもつながっていくのではないでしょうか。