今回は、東京都立大学 法学部 法学科 法律学コース 法学政治学研究科 法学政治学専攻にご在籍で、商法、会社法などを研究されている顧 丹丹教授に、マネーキャリア編集部が独自インタビューを行いました。
顧教授のプロフィール
<経歴>
2023年4月 - 現在東京都立大学, 法学政治学研究科, 教授
2015年4月 - 2023年3月東京都立大学, 法学政治学研究科, 准教授
<最終学歴>
首都大学東京社会科学研究科法学政治学専攻 博士(法学)
<論文>
就業不能保険の現状と問題点ー日米の約款の検討を中心にー 顧 丹丹
損害保険研究 84(1) 33-75 2022年5月
株主代表訴訟の終了制度 顧 丹丹
私法 (83) 239-246 2022年4月
代表訴訟の社会的効用と早期終了制度 顧 丹丹
法律時報 93(9) 16-22 2021年8月
重大事由解除における「信頼」の意義に関する一考察 顧 丹丹
生命保険論集 (206) 89-132 2019年3月
株主代表訴訟の和解と裁判所の役割(下) 顧 丹丹
(首都大学東京)法学会雑誌 54(2) 235-261 2014年1月
他多数
<講演・口頭発表等>
就業不能保険における『就業不能』の意味 顧 丹丹
2022年度生命・傷害疾病保険実務判例研究会 2022年11月25日
上場会社における代表訴訟の利用実態 顧 丹丹
一橋大学企業法研究会 2022年6月30日
株主代表訴訟の終了制度 顧 丹丹
日本私法学会 2021年10月9日
Gender Diversity on Corporate Board
Northwestern-Duke Causal Inference Workshop 2019年8月
他多数
引用:researchmap
就業不能保険とは何か|制度の基本と見落とされがちな課題
就業不能保険はどんな保険?医療保険・傷害保険との決定的な違い
就業不能保険とはどのような保険で、他の医療保険や傷害保険と何が違いますか?
就業不能保険は文字通り、就業不能になった場合に、その就業不能によって発生した損害、具体的に言うと給与所得の減少を補填対象とする保険です。
医療保険の場合は、例えば入院したら入院保険金が支払われますが、入院のため働けない期間の給与の減少について、保険金が支払われるわけではありません。
一方、傷害保険の場合は、怪我の大小を問わず、傷害の治療費などが補償され、死亡した場合には死亡保険金が支払われますが、怪我のため働けなくなったことで発生した給与の減少は保険金の支払対象になっていません。
就業不能保険の場合は怪我や病気を問わず、それによって就業不能になった場合のみ保険金が支払われるという点で、医療保険や傷害保険とは異なります。
働けなくなったとき、公的制度で生活費はどこまでカバーされるのか
病気やケガで長期間働けなくなった場合、会社員や自営業の人の生活費は、現実的にどこまで公的制度でカバーされますか?
会社員の場合は、どのような理由で働けなくなってしまったかにもよるのですが、病気や怪我によって働けなくなってしまった場合には健康保険から傷病手当金が支払われます。
また、会社員の場合には「労災休業補償」というものがありまして、こちらは給付事由と給付金額が若干違うものの、業務との関連で病気あるいは怪我をした場合、かつ治療を受ける期間のみ労災休業補償が支給されます。
支給金額に関しては、給与の8割となっており、会社員であれば1年6ヶ月の間は、給与における標準報酬日額の3分の2は公的保障という形で補填されます。
自営業の場合は国民健康保険となりますが、こちらは会社員のような傷病手当金や労災休業補償がなく、国民年金法、厚生年金法に基づく保障しかありません。
とはいえ、非常に重大な身体障害、例えば足が機能不全などになった場合には障害基礎年金、障害厚生年金といったものがあります。
このように、リスクの観点でいうと、会社員よりは自営業の方が普段の生活の中で病気・怪我になり、就業不能になってしまった場合のリスクが大きいと言えるでしょう。
「医療保険があれば安心」が成り立たない理由
「医療保険があれば大丈夫」と考えている人が多いと思いますが、実際にはどんなお金が不足しやすいですか?
医療保険では、病気あるいは怪我になったときに受ける医療サービスを受けるために支出する費用を、保険金の支払対象としています。
そうすると、医療保険によってカバーされているのは治療を受けるために支出する医療費だったり、入院・通院費用だったりが挙げられます。
しかし、働けなくなった間に発生した生活費・固定費に関しては医療保険の支払い対象とはなっていません。ちなみに生命保険文化センターが3年ごとに実施している「生命保険に関する全国実態調査」によれば、働けなくなったときに想定されるリスクは?という質問に「住宅ローン」や「養育費」と回答している人が多いこともわかっています。
この結果からも、病気や怪我で入院などをして働けなくなった場合、医療保険だけでは上記のような住宅ローンや養育費を含む生活費・固定費がカバーできないケースが実際にあることがわかります。多くの就業不能保険の加入検討者にとって懸念されているのはこの部分の費用ではないかと思われます。
就業不能の原因は何が多い?事故・病気・精神的不調の実態
働けなくなる原因として多いのは、事故なのか病気なのか、それとも精神的な不調なのかはどれが一番多いでしょうか?
実際この点に関して、私の知っている限りでは実態調査(就業不能保険に関するアンケート調査など)というものが存在していないので、これといった答えはないと思います。
ただ、私の研究の範囲内でわかっているのは、裁判例を見ると就業不能保険金の支払いについて、保険契約者側は保険金の支払いを請求して、保険会社の方は支払うべきではないと主張しているケースがありまして、そのなかでうつ病をはじめとした精神的な不調を原因として就業不能が発生したケースが多いように感じます。
就業不能保険の場合、約款において精神疾患を免責事由にしている保険が多いんですよね。もちろん保険によっては特約で精神疾患も保険金の支払対象としている場合もあるのですが、主契約では精神疾患が免責事由に挙げられるのがほとんどです。
また、精神疾患だけでなく(保険金の支払対象となっている)他の傷病も同時に就業不能の原因となっている場合には、保険契約者側が保険者免責とすべきでないと主張しても、保険会社からすると「精神疾患が主の原因である」と主張し、保険金の支払いを拒絶するケースもあります。
「入っても出ない?」を防ぐために知っておきたい就業不能保険の落とし穴
就業不能保険に入っても「いざという時に給付されない」という場合の条件パターンはありますか?
就業不能保険に入っても「いざという時に給付されない」という場合の条件パターンはありますか?
主に3パターンほどあるかなと考えています。
元々就業不能保険はアメリカ発祥(Disability Income Insurance)で、日本では生命保険会社が販売している就業不能保険、損害保険会社が販売している所得補償保険という2種類に大別されていますが、補償内容はほとんど同じです(約款が若干異なる部分はある)。
しかし、就業不能保険という字面だけでは「就業不能になったら保険金が支払われるイメージ」がありますが、実際は就業不能保険も所得補償保険も、ほぼ例外なく「一定期間を超えて就業不能の状態が継続している場合のみ保険金が支払われる」となっています。
この「一定期間」は免責期間といい、7日間、14日間、30日間などと設定されることが多いです。仮に免責期間が14日とすると「就業不能が継続している状態が14日間をすぎている場合のみ」保険金が支払われます。この場合、14日間以内の就業不能は保険金の支払対象になりません。
また、特に生命保険会社の就業不能保険については、保険金の支払期間には制限を設けない一方で、免責期間が1ヶ月や3ヶ月など比較的長く設定されていることが多いです。このようなケースでは、実際に就業不能の状態が1、2ヶ月と、かなり長く続いても、免責期間を超えない限りでは保険金が支払われません。これが1つ目です。
また、就業不能保険には標準約款が存在しないので、各保険会社によって「何が就業不能の状態となるか」はかなり様々な定義がなされています。そのため、「働けない」という状況だけでは約款で定めた就業不能の要件を満たさないこともあります。この場合でも保険金が支払われません。これが2つ目です。
最後の3つ目が、前の質問の回答と少し重複するのですが、免責事由に対象外の病気(精神疾患など)が含まれるケースです。そうすると、保険それ自体は、病気になって就業不能になった場合の所得の減少を補填するという位置付けであったとしても、免責事由に該当する病気を原因とした就業不能については保険金が支払われないことになります。
以上を、保険の名称からするとなかなか想像できないところで、いざという時に給付されないといった場面として挙げることができるのかなと思います。
共働き世帯は「どちらかが働けなくなるリスク」をどう考えるべきか
共働き世帯の場合、「夫婦どちらかが働けなくなるリスク」はどのように考えるとよいですか?
就業不能保険を検討している保険契約者側にとって特に重視すべきなのは、いざ働けなくなり給与所得がなくなるとき、住宅ローンや子どもの養育費など、生活する上で不可欠の固定費が、片方の収入だけで十分にカバーすることができるかで、カバーできるのであれば、おそらく就業不能保険に加入する必要はあまりないかなと思います。
逆に、夫婦どちらかが就業不能になってしまった時に、生活費など固定費が賄えなくなってしまうということであれば、就業不能保険の加入を検討する価値があると考えます。
就業不能保険が本当に向いている人・そうでない人
就業不能保険は、どんな人にとって必要な保険ですか?また、逆に不要な人もいますか?
ニーズの高いグループでいうと、まず、就業不能になった場合に公的保険制度によって所得の減少が補てんされない自営業の方が挙げられると思います。
また、2つ目のグループは、生活するうえで必要不可欠な固定費をほとんど給与所得で賄っている方です。他の財産や資産で生活費を賄える方はおそらく心配ないと思うのですが、給与所得のみで全ての生活費を賄っている人にとっては就業不能保険のニーズは非常に高いと言えるでしょう。
例えば、最近の就業不能保険への加入傾向として、シングルマザーや30代前半の子育て世代が多いということが調査でもわかっています。30代前半というのはまだ若年層ということで、多くの資産を持っている方が比較的少なく、そのうえ、子育てしていると養育費も確保する必要がある。
3つ目は、米国では医師や弁護士をはじめとする高所得の専門職が挙げられています。一般的には富裕層であると言われている人たちではあるものの、いざ就業不能となった場合は所得の減少の程度も著しいです。そんな中でも、特に就業不能になる前の生活水準を維持したいという願望の強い方にとっては、就業不能保険のニーズが高いとされています。
逆に不要な方というと、例えば、給与所得以外の収入や資産を十分に持っている方など、働けなくなっても、ほかの収入や資産で固定費を全て賄え、生活への影響が少ないのであれば、就業不能保険はほとんど意味のないものだと思います。
保険は「信頼」で成り立つ契約|保険法から見る注意点
保険はどこまで理解して契約すべきか
保険は「契約」と言われますが、私たち消費者は、どこまで内容を理解しておくべきでしょうか?
1つは、どのような場合に保険金が支払われるか。もう1つは、保険によるリスクの移転はどのタイミングで、どういった条件で発生するか。少なくとも、この2点を押さえておく必要があると考えます。
難しい話ですが、保険契約の法的性質における特徴でいうと、よく言われているのは、保険契約というのは双務契約であって有償契約でもあるということです。
「双務契約」というのは契約の当事者双方に義務を負担するということで、保険会社は保険金を支払う義務を負い、他方で保険契約者は保険料を支払う義務を負うという意味です。この2つの義務は対価関係にあるから、保険契約は「有償契約」だと言われています。
まず、「どのような場合に保険金が支払われるか」についてですが、保険会社が保険金を支払うには「保険事故」が発生することが条件とされています。保険事故といっても我々が想像するような「交通事故」のような事故とは違い、約款で非常に細かく定められた保険金の支払事由のことで、通常の「事故」の理解とは異なることがありますので、契約前にこれをしっかり確認しなければなりません。
そして、ほとんどの保険は、保険料の支払いがあるまで、保険者の責任は開始しないという条項が約款で定められています。そのため、保険の申込をした時点でリスクが移転される(保険事故が発生すれば、保険金が支払われる)のではなく、保険料の支払いがあって初めて保険会社の責任が開始することを念頭に置いておく必要があります。
ちなみに、生命保険のような保険はかなりの長期契約となりますが、保険期間中にさまざまなリスク変動がありえます。そのため、場合によって契約内容の変更や新たな告知義務が発生することもありうることを、理解する必要があるでしょう。
最後に、保険契約は最大善意性のある契約と言われるのですが、重大な事実を告知しなかったり、虚偽の申告をしたりすると保険会社は一方的に契約を解除できることもありますので、この点も押さえておくべきかなと思います。
保険会社から契約を解除されるのはどんなとき?
保険会社から一方的に契約を解除されるケースや、その際、どんな行動が引き金になる可能性がありますか?
例えば、
- 保険に重複加入している場合
- 主観的に保険金の不正請求と見なされる場合
- 保険事故を故意に自己招致した場合
などを挙げることができます。
重大事由解除により契約解除の一例でいうと、たとえば「保険の重複加入」が挙げられます。
同じリスクを対象とする保険に重複して加入することで、保険事故が発生した場合に全ての保険契約から保険金が支払われると非常に膨大な金額になる、 保険の給付の合計が著しく過大となるときは、保険法上の重大事由による解除に該当することがあります。保険会社は一方的に契約解除することができます。
また、保険事故の発生を仮装したり、虚偽の申告をして不正に保険金を受け取ろうとしたりする場合や、故意に保険事故を招致する場合でも、「重大事由」に該当します。この場合でも保険会社が一方的に保険契約を解除することができるとされています。
あるいは、保険事故の発生に関しては全く問題がないものの、保険金を請求する際にできるだけ多くの保険金を請求するという目的で、実際に発生した事実と異なる事故報告書などを提出する場合も、保険金給付の請求についての詐欺行為に該当するとき、それも契約解除につながる可能性があります。
保険法でいう「信頼関係」とは何を意味しているのか
保険法で言われる「信頼関係」とは、私たち契約者の日常行動とどう結びついていますか?
保険会社が重大事由による契約解除をしようとする場合に主張する「信頼関係の破壊」にある「信頼」は、保険契約者側が保険給付を不正請求しないだろうということに対する侵害を意味すると考えられます。
これは、保険会社が保険契約者に対する信頼であって、保険給付を不正に取得しないという信頼がなければ、そもそも契約しないだろうという理由から、この信頼関係が破壊された場合には、一方的に契約解除が認められるというような整理です。
そのため、我々が一般的に使う「信頼関係」と比べると、かなり限定的であることがわかります。
また、重大事由解除の対象になっているのは、保険給付の不正請求だけでなく、保険契約者や被保険者、保険金受取人が暴力団などの反社会的勢力に該当する場合も含まれます。
そうすると、ここでいう信頼というのは、不正に保険金給付をするように行動しないことのほかに、不正に保険金契約を利用しないことに対する信頼も含まれる、と私は理解しています。
トラブルを避け、保険と長く付き合うために
保険トラブルで起きやすい「認識のズレ」はどこにあるのか
実際のトラブルでは、「保険会社」と「契約者」の認識はどこですれ違いやすいですか?
正確な回答が難しいものの、よく見られるケースとして、先程お話しした「保険の累積加入(保険金が著しく過大になる)を挙げられると思います。
保険契約者側としては、同じ保険事故を対象として複数の契約によって支払われる保険金が増えることで安心するかもしれませんが、保険会社の目線でいうと、そもそもこれほど重複加入する必要はないだろうと判断されることもあります。
要するに、保険法上重大事由解除に該当する保険契約の「著しい累積」の「著しい」に対する認識が、保険契約者と保険会社とではズレていますよね。
このように、保険会社が考えている著しい累積と、契約者が理解している著しい累積がズレているケースは実際に多いのではないかと思います。
保険を長く安心して使い続けるための実践ポイント
保険を長く安心して使い続けるために、契約時・加入後に気をつけておくべきポイントはありますか?
保険の契約期間が長い場合には、契約期間中に新たに告知義務が発生することがあります。契約者側としては、契約締結後では告知義務にあまり気にしないことが多いですが、どのような場合に何を告知すべきかを理解することが大切です。
あとは、いざ保険事故が発生して保険金を請求する場合でも、保険事故の実際の状況によって保険金が変わってくるので、事故発生の様態、結果などに関しては情報が構造的に保険契約者側に偏在しています。
保険会社は申告されてそれを調査するのですが、保険者側にとっても先程お話した「信頼」の問題があるので、できるだけ忠実かつ客観的に情報を提供することが大切だと思います。
